えいじま義雄の蓮風便り

「蓮」の花と薫りのように清く「義」一筋に政治の道を貫きます

2017-12-24 08:33:18.0 ♢ 人材難、リーダー不足とその原因を考える ♢

 

   今年も残り数日で、終わろうとしています。世界の平和を祈る人が大勢おりますが、再びアラブ人とユダヤ人が、アメリカのトランプ大統領の一言で、テロ事件をイスラム過激派が世界中の至る所の場所で、いつ起きてもおかしくない非常に危険であり、不安な事が起こりそうな状況になっています。

 

 又、アジアでは北朝鮮の不気味で何をするか分からない国家の、核武装やミサイル開発が、いくらアメリカや日本も韓国も北朝鮮の金正恩体制に制裁や圧力加えても、又、数年前から同盟国同志の政治家や、官僚のトップクラスの人間が話し合いを行っても、なんら北朝鮮はひるまず、益々軍事力や特に核開発やミサイルなどに力をいれ、大量殺人兵器を着々と開発。米国や当然日本やヨーロッパまで飛ばせる核を搭載した大陸弾道弾開発を続けています。しかしながら誰も止められません。

 

 まさに脅威の中で新年を迎えなければなりません。 政治の世界は一寸先が闇夜です、どこの国も自国の平和と繁栄をまず先に述べていますが、何千年前と全く同じ血を流し、人間の死体が山になっても、真の平和をこの地球上に誕生させられないのです。 最近特に偉大なリーダーがいない不足の時代に入っています、我が足元の上越市を見ても、旧市街地から県会議員や市長候補の話など、あまりないのは人材難の表れです、世界も日本も上越市も同じです。 

 

   しかし歴史を視ると謙信公が活躍していた戦国時代や、明治維新のあの近代化を成し遂げたあの時代、日本中に人材が沢山ゴロゴロしていました。又、昭和の時代でも、国にも地方にも政界・財界・スポーツ・芸能界にもスター級の人材・リーダが沢山いましたが、平成の今日はどうでしょう・・? 日本相撲協会の無様な混乱は本当の実力者のドンが居ないからです、親方も軽くなり、弟子の指導も不足になり出来ない親方が増えているからです。

 

 別な見方をすると厳しさ激しさが無くなった為に、強く厳しいリーダーが嫌われ、誰にも好かれないから皆んなで本音を言わず、我れ関せず、全体も見ず責任も感じずリーダーにならないのが利巧者と言う考えが、人財不足、人材難の社会を作っている原因でないでしょうか。

 

 私はそんな気がしてなりません。切磋琢磨からリーダが育つのです、そしてチャレンジなのです。

豊すぎるから人材が生まれないのです、歴史が教えています。     では又、 

 

2017-12-19 15:09:18.0 <「悪」がはびこる世の中にしてはならない!>

 

 善良な国民は正義、正しい事がまかり通る世の中、そう言う国である事が国民の誇りであると思っています。しかし企業や団体、組織が力をつけ肥大化してくると法律を犯す事も麻痺と錯覚で正常な判断が出来ない、一種の病気のような状態となり最近の大企業、一流企業の経営者の質の低下が続くといった結果に繋がっています。

 

 国民が案の定と思っていた日本を代表する建設大手企業のリニア工事の4社による不正談合問題が起きました。この件だけで無く大きな工事の殆ど、高速道路、新幹線、原発、オリンピック施設、大型ダム、トンネル、港湾工事、空港、大病院、大学建設、ゴミや下水道の終末処理場などの工事は巨大ゼネコンが落札し県内大手か地元大手が下請けする構図がまかり通っているのですが、法律の範囲の中での動きなら良いのですが多くは国民の税金、国民のお金でやる工事なら当然公正さが求められ、現状のように不正や不義がまかり通り大きい元請け企業だけが儲け、下請け孫請け業者のように一番汗水流しても儲けにもならず泣く泣く仕事をやらざるを得ない話を良く聞くにつけ憤懣やるかたありません。

 

 今回も正義の味方の東京地検特捜部と公正取引委員会が不当な取引制限容疑でゼネコン各社に捜査の手が入りましたが法治国家なら当り前の事で、大手だから何をやっても許されると言った驕りや放漫意識の増大と倫理観の低下から生み出されるお粗末で酷い犯罪意識は、権力を動かせ乗り越えられると「天の理」を全く甘く考えています。行き付く先は大企業、一流企業の社長や取締役が報道陣の前でお決まりの「ごめんなさい」「申し訳ありませんでした」の謝りのポーズを見る事になると思いますが、こう言った事が起きている事が大企業でも一流企業でも倫理観と言う道理が軽んじられ、人の道と言う社会の大切な教えが失われて来た表れです。

 

 目的のためなら犯罪を犯しても良いと言う考えに忽然と立ち向かう正直者の集団、この人達こそ国民を裏切らない真の「聖職者の人達」であって欲しいと願う一人です。巨悪はのさばらせてはならないのです。会津日新館には「什(じゅう)の掟」と言う七カ条の教えがありますが、その最後の結びは

「ならぬことはならぬものです」の一言です。

 

2017-12-16 17:07:00.0 少子高齢化、人口減少は個人に帰る

 国や地方にとって最も重大な問題は人口の減少です。この人口減少は随分と昔から社会問題として取り上げられており、様々なところで統計が発表されております。特に政府や地方自治体など、また人口問題を研究している各大学の先生方やマスコミも人口減少の数字を公表して来ましたが、国民はその情報を知っていても、今直接自分は困らないから、また目の前の自分の暮らしの事が精一杯だからと、頭の中では分かっていても解決策を考える事などできません。政治家もこの大問題を取り上げて訴えても、選挙の票に結び付かないので、具体的な政策を打ち出す事がありません。

 人口減少は人手不足に繋がり、住民にとって大切な医師や看護師も不足します。老人ホームやデイサービス等の様々な施設を建設しても、介護師や調理師、清掃作業員や機械関係の技師、事務員、運転手等々、人手不足で新規の建設は無理と言う関係者の声も出ています。また、町内会や集落でも人口が減り続け、若い人が少なくなり、青年会や婦人会、老人会まで解散に追い込まれ、お祭りや町内行事が行えず、地域がどんどん崩壊しています。家庭の中でも(虚弱な)高齢者ばかりが増え、老老介護の家ばかりです。息子や娘は結婚もせず、アッと思う間に50歳を過ぎ、また結婚しても直ぐに離婚し家族離散、親子、兄弟の絆も薄くなっています。

 昭和の時代から見れば、少子高齢化、人口減少問題は結局、個人の自由、個人のプライバシーの保護など、自分さえ良ければ、親子、兄弟でも我れ関せず、徐々に人間社会、地域社会から急激に人間性が失われて、日本が住みにくく、弱体化しているのです。政治が悪いと言う人がいますが、個人優先も個人にその責任が忍び寄り、淋しい社会を作っていると思います。人口が減れば、商売も先が暗くなるばかりです。年金や保険も行き詰る時が来ています。