えいじま義雄の蓮風便り

「蓮」の花と薫りのように清く「義」一筋に政治の道を貫きます

2021/04/29 22:35 <この国難の責任は国民自身である>

 少子化問題についてどの内閣も一生懸命、制度や法律、施設などに改善、改革に取り組み国や地方自治体もこの3、40年取り組んできました。しかし、誠に残念でなりませんが行政の少子化対策に対してお金の支援や制度の支援だけで結婚を若いうちに行い子供を必ず3~5人くらい出産すれば、この国難に近い人口減少問題は徐々に解決していくと思うのですが結婚問題や子供を出産するということはなんといっても個人の考えですから結婚の意識の薄い人、又そんな考えのまったくない人は制度やお金の話を言っても「馬の耳に念仏」です。

 

 そこでもう一度少子化問題を一から見直すのは政府だけでなく、国民側、親や家族、地域社会にも真剣に考えてもらうために、人口減少は国全体が衰退しその結果は国も国民も不幸になるばかりであるという真摯な情報を政府も地方自治体も訴え、国民に知らせるアピールをもっとやらなければならないのではないかと思うのです。個人の自由、個人の人権の価値は十分理解できますが、国も地方も一人一人の人間から成り立っています。一人一人の税金で「公」が回っています。「公」を構成する一人一人が減れば年金も健康保険税も介護も「公」のすべてのサービスも料金が上がり中身が悪くなるのです。すべて自分に返ってくるのです。人口減少の悩みの解消は国民すべてがその人口減少の恐ろしさをもっともっと深く身にしみて感じることです。消費者がいなければ物が売れず、お金が回らず、「公」も破綻。人口減少はすべての人を不幸にする元です。

 

 人口減少の問題を解決するために大切なことは、35歳くらいまでに男女は結婚するべきであると教えることです。親の家庭教育と職場、地域、又学校でもこの大事なことをきっちり教えることだと思うのです。又、独身税を設け、結婚したら子育て支援はもっと所得税を減額するべきです。少子化の原因の追究はもっと時間をかけ、国民の考え方を変えることをやるべきです。お金をばらまいたから子供が増えるなどという考え方より、人口減少はよくないという根本的なところを誰も問題にしていない平和ぼけ大国のままだと、一億人の人口が50パーセントも減り、認知症老人国家となり国の財政もパンク状態となります。国防どころか勢いの低下で崩壊する国家とならないように政治への関心度の高まりがもっと必要だと思うのです。人口減少は政治家の責任以上に18歳以上の国民一人一人の責任です。「公」を批判する前にすべてにエネルギーを失っている今日の社会を反省する時です。 

2021/04/24 08:47 <話し合う勉強をしてない現代社会は孤立単独社会>

 国内外の今の状況は手の付けられない程、混乱前夜のような状況です。特に中国の「香港」の民主派への弾圧は100年間英国が統治し自由を体験した香港の民衆にとっては赦し難い行為であり、また「台湾」の国民が台湾の完全な独立自治国をつくる動きに対して、中国政府は武力を遂行してでも台湾を本国と同じ政治体制にしようと習近平政権は考え行動しています。それは今や中国が経済発展を基に富国強兵国家を成し遂げ大国となり、国内に住む多くの少数民族への弾圧などの人権問題を起こし、その強硬姿勢に対する体制批判を抑え込む必要があるため台湾海峡や日本の領海の尖閣諸島周辺に空母を含めた軍事力を展開し、いつでも戦争状態に入れる状況を作り出しています。核を持つ中国によって、仮想敵国である我国もいつでも戦争に引き込まれる恐れが十二分に考えられるのです。

 歴史は繰り返すのです。1274年と1281年の2度ジンギスカンの5代目フビライが大軍団を引き連れ、九州の博多を目指して侵略してきましたが、日本の鎌倉武士は強く又台風が味方して大惨敗で敗退していきました。あの文永、弘安の役の仕返しはあの執念深い中国人は忘れていません。又明治の日清戦争と昭和の満州出兵、日中戦争の怨みの怨念は今も深く国として敵対心を持っています。日本人は忘れっぽく中国政府にあの戦争のお詫びとして色々な技術を教えてあげ、援助をしても中国からの感謝の気持などありません。北朝鮮も韓国も同じです。

 

 日本は戦後76年間、平和の中で繁栄をむさぼり、この国自身の考え思想に対して明確な哲学がありません。昔の社会と今現在の日本人の考えも変わり、国家論や政治の論争を嫌い、刹那的で甘ちゃん的でこれで良いのかと叫ぶリーダーの指導者が出にくい社会になっています。この状況は大変危険です。保守とか野党の問題よりこの国とこの地方の現実問題を人間同志互いに語り合う勉強が必要だと思うのです。本も読まず、携帯、パソコンの情報だけの行動しない、仲間も作れない弱体化していく日本にしてはいけないと思うのです。

2021/04/20 20:21 習慣、伝統が消えたり、失っている事の寂しさ

 皇居外苑二重橋前で伏見櫓と新緑の松を背景にした特別の舞台を造って行われた特別講演「祈りのかたち」が日本政府主催の文化プログラム「日本博」の一環として開催されたニュースを先日新聞とテレビで見ました。日本を代表する伝統古典芸能を、このコロナ騒動で臥薪嘗胆の国民に向け、心を一つにして不安を解消し、この暗さとの別れを祈りの神事の舞いや雅楽の演奏で、人間国宝の方々が精神を集中して演じてくださり、日本だけでなく全世界に向けて祈りを発信しました。

 世界のどの国にも、祈りの儀式や芸能、祭りが有りますが、それぞれ長い歴史と共に誇りとして継続されております。こう言う文化、伝統は心の問題ですが、民族同化やその国を侵略した側は、力でその民族の思想、宗教まで弾圧します。また、時代の変化が古いしきたりなどを否定しますので、伝統的な良い物が消えて行くのです。

 日本国内でも色々な面で良き習慣、風習、仕来り、芸事、文化など、人間的に残して置きたいものまで姿を消しています。その表れの一つが、国の祝祭日に各家庭が国旗を出さなくなった事です。仏事、先祖を大切にしてきた行事や、結婚式の仲人も無くなりました。昔はお祭りに際して、神社の土俵で慶事に感謝する奉納相撲も有りましたが、今は日本の国技も競技として勝ち負けを争う相撲になってしまいました。

 日本の昔からの信仰は、先祖、ルーツを尊ぶ心でした。今日、日本人の良き心が横文字の思想に奪われてしまい、原点回帰の広い考えを忘れ、暗い穴の中を手探りで歩いています。どこにもリーダーが居なくなった集団の崩壊、早く日本人は気が付くべきです。