えいじま義雄の蓮風便り

「蓮」の花と薫りのように清く「義」一筋に政治の道を貫きます

2015-04-13 11:26:59.0 選挙権を放棄してしまうことは、政治に対し白紙委任状を差し出すのと同じこと

 県議選が終わりました。6陣営の候補の皆様、運動員・選対役員の皆様、候補者家族の皆様、大変お疲れ様でした。そのご苦労に心より敬意を表します。そして自分の大切な一票を真面目に行使し、投票場に足を運んでくださった74,146人の有権者の皆様の良識と愛郷の気持ちに胸を熱くする想いです。

 

投票率も当選順位も私の予想通りの結果でした。選挙における票数の表れは民の声です。そして天の声、神の声であるのです。それだけに選ばれた政治家の責任の重さは聖職者そのものです。

 

 市会議員、市長、県会議員、知事、国会議員と云う座は、数万人と云う有権者が尊い権利を投じられて与えられた議席であります。それ故に選ばれた議員はその地位に伴う権力や税金の運用など厖大な仕事を遂行して行く能力を必要とされます。その上、議員は当選したその日から有権者と世論の厳しく激しい批評批判を覚悟していただきたいと思います。

 

 それにしてもこの低い投票率はどう云うことでしょう。自分に与えられた尊い権利をいとも簡単に、無責任に放棄した50%以上の市民の方々に申し上げたい。

 選挙権を放棄した人たちに政治や政治家を批判する権利は有りません。なぜなら選挙で投票しないと云うことは政治に対し白紙委任状を差し出して「好きにやってくれ」と言っているのと同じことなのです。ましてや投票に行かない自由など有り得ません。

 故郷を愛する心や国を愛する心を失っている人達が多くなって来ていて、自分さえ良ければ良いというエゴ社会が拡散して来ています。これは絶対阻止しなければなりません。

 

 今回の上越市選挙区で、『情』を大切にし、力を合わせ、票の取り込みに一番、一生懸命に運動した人達の集まりが、トップ当選の栄光を勝ち取った『楡井辰雄陣営』です。

 

 選挙の結果は「政策に共感して投票した」という事だけでは決まりません。その大半は人間と人間の深い係わりの中で通じ合う『情』が左右しています。郡部の候補者とその陣営は、都市部に比べて絶対的に有権者数が少ない分、懸命な努力と情熱で訴えます。その結果が人の感情を掴み、数に表れるのです。それが選挙です

 選挙に偶然の勝利は存在しません。努力と知恵と汗と真心を出し切ったところに女神が微笑むのです。

 

 自分が、家族が住んでいるこのまちが発展して行くのか、衰退して行くのか、貴方の一票にかかっているのです。上越市を大切な権利を放棄するような人の多いまちにしてはならないと思います。

 皆様は昨今の現状をどうお考えでしょうか?

 

 

 

2015-04-06 22:23:27.0 『県議会選挙の投票率が見ものだ!』

 選挙こそ市民、国民が主役である。

 政治を司る人間が頭を下げお願いします。「(票を)入れてください。」「名前を書いてください。」「私はこの仕事をやります。」「貴方様やこの町の、この国の役に立つ人間になりますから選んでください。」と言って、9日間声を枯らし、演説や電話やポスターで訴えるのが選挙です。

 ある面、選挙は血を流さない戦争と同じです。勝つか負けるか、当人や支援する母体は、お金を使い、知恵を使い、あらゆる人脈を頼って票集めの算段をします。

 そして選挙事務所と当人は火事場や葬儀、結婚式はたまた、盆暮れ正月を一緒にやっている程忙しく人を集め、目的を達成するために身も心もボロボロになってもなお、中山間地の家々や町の中を駆け巡り、這いずり回りながらこの現代の戦場で戦います。

 そしてその結果、有権者の皆様からの信任を得られれば、やっとその椅子に付けるという過酷な職業が、議員なのです。

 このことはある面、政治を行う人間の「試練」であり「禊」とも言えると思います。さらに「修養」でもあるのではないでしょうか。

 

さて、「町を良くしたい」「県を良くしたい」「国を良くしたい」などの政策を有権者に訴えますが、政治の主人公である当の有権者は、政治や選挙に関心が無く、投票場に行かない人が増え、どの選挙でも投票率がどんどん下落しています。

 人口が減り町や国が寂れようが、犯罪が増え、税金が無駄に使われようが、災害や国の安全のことや経済のことや年金・教育・道路や橋染のことでも「自分には関係無い」「選挙や政治は嫌いだ」と言う人が増えている現実には、非常に背筋に寒気を感じるのは私だけでしょうか。 こんな状態ではこの町やこの県、この国の将来はとても楽観視 出来ません。

 

将来起こりうる智力・財力・体力・情報力・技術力等の低下やリーダー不足、エネルギー不足、労働力不足などあらゆるネガティブな状況を見据えた計画の設計図を、政治家が官僚を使い常に危機意識を持って準備しておく仕事こそ政治の役割です。そして、そう言う仕事を託す人材を選ぶのが選挙なのです。

 

この大事で価値のある政治を反日日本人と心無いマスコミはお笑いの種にしたり、真実を曲げて報道し、益々この国や地方に何の役にも立たない内容の記事ばかりを垂れ流しています。それらの有害な記事・情報の氾濫が市民・国民の政治への不信、選挙への無関心、不協力の原因の一つになっていると思います。

 

鶏が先か卵が先かの議論がありますが、選挙の投票率の行方は、その町、県、国の行く末を決める判断の重要なバロメータになると思います。

 選挙によって魔物かそれとも慈悲深い菩薩のどちらを選ぶかは、賢い有権者・主人公である皆様ご自身です。

是非、視野の狭い小さなしがらみでなく、大局に立ってしっかりと見て聞いて選びましょう。とにかく声を掛け合って投票に行きましょう。

 

2015-04-02 10:07:39.0 私が、議会最終日に『(仮称)厚生産業会館建設予算』に反対した理由

 3月26日で、平成27年度予算案を審議する議会が閉会しました。

 私は、初めて一般会計の議案に対して反対しました。そしてその反対理由を市長並びに市の幹部職員にぶつけました。「是是非非」「成らぬものは成らぬ」の“武士の一念”を貫いたのです。

 

 では何故反対したのか。その理由は、「何が何でも高田公園内に28億円を投じて『(仮称)厚生産業会館』を建てようとしている」ことに大きな疑問と矛盾を感じるからです。具体的に申しますと

 高田の冬は長く多量の積雪がある。特に冬期においては公共の足が無い高田公園までは、高齢者や子供は歩いてはいけない。弱者に対する思いやりや優しさに全く欠けている行政の傲慢な計画に対して反対するものである。

 

なぜ当初の予算より10億余も建設費が増額されたのか、そもそもの基本設計のいい加減さに対して、もっと真剣に市民の声、議会の声を聞いて議論をすべきではないのか。歴史に学んでも、性急で独善的な計画は必ず失敗している。もっとやるべき事が沢山あるはずである。

 

高田公園内当該建設予定地は絶対的に駐車場が狭い。当該地は観桜会会場、陸上競技場、野球場が隣接しているのに、収容する500人分の車への対応は無理である。必ず混乱が生じ事故が発生すると容易に推測できる。よって反対である。

 

 公園内に400年前の高田開府時の城郭を復元し、高田観光の目玉とする。そして金沢、富山に引けを取らない町を創る。そのような夢と希望を実現して行くことが政治の仕事と考える。大して利用が見込めない大きな建物の為に市民の財産である桜の巨木を何本も伐採しても構わないと云う行政側の無神経な案件には賛成できない。

 

 公園内に建物施設を造っても、けっして市街地中心部の活性化には繋がって行かない。入りを計って出るを制する経済効果を考えない行政は市民の政治不信に繋がって行くばかりである。

 

 以上を理由を述べ、建設反対を訴えました。しかし結果は原案通り可決して議会は閉会となってしまいました。

 

 市民の代弁者として市民から選ばれた市会議員ですが、多くの議員は権力に媚び、市民の声無き声より行政側の出した議案優先で、茶坊主か太鼓持ちかと思う程、ヨイショの賛成討論です。このような議会の機能が崩れて行く議会の姿を心ある市民の皆様はどのように受け止められるでしょうか 感想をお聴きしたいと思います。

 

 私が予算案に賛成しなかったことの是非は別にして、ただ数の力で押し切る不条理な政治。それは危険だと思っています。

  私は、「民主主義は数の力ではなく、優しさと常識、そして当たり前の正しい事がまかり通る政治でなければならない」と常々思っています。

そのためには私は一人になっても頑張ります。市民の皆様の中で私の考えに同意される人、私と一緒に戦い続けませんか。私に力を貸してください。

「一燈照隅 万燈照国」の社会を創りましょう。