えいじま義雄の蓮風便り

「蓮」の花と薫りのように清く「義」一筋に政治の道を貫きます

2015/03/06 03:53 『川崎市中学一年生殺害事件』原因はやはり今の教育にあり。

 川崎市で、中学一年生、上村僚太君が無残な姿で殺害された事件が、連日テレビ・新聞で報道されています。この世に生まれて13年。短すぎる人生でした。

顔写真を見れば、まだあどけなく笑顔の可愛い少年です。我が子を突然を失ったお母さん、お祖父さん、身内の皆さんの悲しみは如何ばかりでしょう。私たちの想像を超える苦痛の日々だと思います。そして現場から遠く離れている私も僚太君の冥福を祈り手を合わせます。

 

 それにしてもあの多勢で弱い者を、それも刃物使って残虐な殺害を犯した卑怯な若者3人。彼らへの怒りが込み上がってきます。しかし私はこう云う事件は起こるべくして起きたと思っています。

それは“今の日本の社会、学校、家庭において、教育の理念の間違いを正そうとしていない”からです。

 

 この日本では、教育を生業としている学者、官僚、評論家、政治家、教師など、それこそ星の数ほどの人達がいて、名論卓説を述べています。また歴代内閣においても高名な人たちが集まって会議を重ね、首相に答申していますが、その都度文部官僚や日教組の頑強な抵抗に合い、答申案はつぶされてしまい実行されることは殆んどありませんでした。それが我が国の教育の現況です。よって本当にやらなければならない教育そのものの改革が成されず、その結果このような悲惨な少年犯罪が次々と繰り返される日本社会となってしまったのです。

 

 以上の現在おかれている教育の現況を見るに付け、私は次のことを訴えます。

① 現代は地方分権の時代です。教育においても巨大化した国家権力による中央集権的教育制度ではなく、地方に義務教育の全てを任せるべきです(私は江戸時代の藩校制度を理想とします)。したがって文部省は不要となる故、解体しなければならない。

法律が教育を縛るから時代の変化に対応する教育が出来ないのです。             

② 幼年ー小学校ー中学校ー高等学校までを義務教育一貫性とし、特に人生の基礎を築きあげる中学校3年間は全寮制とする。

③ 教師は労働者ではない。よって教師の労働組合『日教組』は解体する

④ 教育の基本は道徳教育。人間教育を優先させる。そこでは日本風土に適した『礼』『勤』『忍』『仁』の武士道精神を教え込む。

⑤ 語学、科学、数学の一般教養科目を極めさせることはもちろん、これからの日本が直面して行く少子化問題、国防問題、農政問題、環境問題、外交問題、経済問題、身近では郷土愛、人間の絆の諸問題を取り上げ徹底的に討論させ、実践させる教育を推進する。

⑥ 個人主義より共同、共栄の意義を教え込む教育を。

 

 今、地球上の国々で宗教観、部族の違いで絶えず争いが絶えない国が在ります。それらの国々は今後50年、100年後も発展することは無いでしょう。それは未来を担う子供達への教育が争いの中では真面目に成されていないからです。

 

 ひるがえって我が日本国においても悪しき自由と、悪しき論理に毒された現在の教育を続けて行けば、やがて日本人の民度は落ちて行き、国力は衰退して行くでしょう。

 私たちは2000年の伝統と歴史を誇る日本固有の思想、生活習慣、伝統文化を今一度取り入れた教育を成し、子供たちに自信と勇気が自然と湧き出でる『善因善果』の方向に進むべきです。

 そうすれば将来が明るく、未来が開けて行くと確信します。

 

  子供たちに正常な精神を育ませることが教育の『第一義』とは思いませんか。私はそう確信しております。

 

 

 

 

 

 

 

2015/02/19 14:27 リーダーを選ぶには心眼で 識見の持つ本物の人物を選びましょう

 失敗を反省材料として次に生かす事は、物事を前進させる糧になる重要な要素です。人間は賢い生き物ですが、いろいろ歴史を振り返って見れば人間は決断、判断において沢山の間違いを犯しています。

  国家においてその一番の判断の間違いは、原子力事業の導入だと思います。原子力の事故、核のゴミ問題、廃炉処理問題は現在の技術では解決できません。

 

 さて、私たちの住むまちにも政策上の大きな失敗が多々あります。まず昭和46年4月に行った旧高田市と旧直江津市の対等合併です。現在、双方の市街地は衰退し、経済活性の合併効果は全く感じられません。また『上越市』という市名も、それぞれ今まで『高田』『直江津』で培って来た知名度を考慮することなく伝統を消滅させた責任は重いものです。未だ『上越市』という市名は全国ブランドになり得ていません。さらに新幹線新駅の駅名においても同じ失敗を繰り返しています。

 

 昭和50年代から60年代にかけて、〈本町3丁目の旧市役所建物〉〈高田公園内の階行社建物〉〈旅館高田館入り口の建物〉〈小熊写真館建物〉〈直江津駅前のいかや旅館の建物)など、このまちの歴史的建物を保存することなく、いとも簡単に解体棄却処分を決定した事例が続きました。

 

 高田本町の都市改造計画においては、マイカー時代なのに駐車場整備は絶対的に少ないです。高田、直江津両地域とも市内中心部の古い学校を統合し、跡地に大型駐車場を新設すれば良かったのにそれをしないまちづくりを行いました。これも大きな政策の失敗です。

 

 トミオカホワイトで有名な富岡惣一郎画伯は生粋の高田出身者です。しかしながら彼の作品群を集めた美術館は六日町(現南魚沼市)の八海山山麓に建てられました。「雪国で生まれた作品は、雪国に還す」という画伯の長年の念願を当時の六日町市が実現したのです。しかし画伯の本当の気持ちは故郷高田に美術館を建てたかったのではないでしょうか。旧市役所を美術館に出来たのに、残念です。

 

 平成の時代に入っても、あの忌まわしい土地開発公社の土地買い過ぎによる300億円借金は市の財政を悪化させました。その悪化した財政の中、高額の税金を出資して作った儲からない第三セクターの温泉、レストラン、物品販売場・加工場、それらは今でも負の遺産となっています。

 

 駐車場不足で市民に不評の直江津駅前の図書館なども政策の失敗です。屋台会館も何の経済的効果を上げていません。

 

 新幹線新駅『上越妙高駅」の区画整備も巨額の資金を注ぎ込んでも活性化の見通しは立っていませんし、将来期待される有力な企業の誘致に成功したというようなニュースも入って来ません。

 

 「立地の場所が悪い」「当初の予算を1.6倍(10億円)も超過して作る必要はない」「そもそも必要ないし不便していない」など市民や地域協議会、その他団体がこぞって反対している『(仮称)産業厚生会館』の建設問題。行政側は権力を行使して何が何でもやり切ろうとしています。

 

“勝手読み”という言葉が有ります。本来は囲碁用語ですが一般社会においては「客観的情勢を考慮せず、自分に都合の良い情報だけを集めて判断・行動すること」と解せます。ミッドウエイ作戦、ガダルカナル作戦、インパール作戦など過っての帝国陸海軍の作戦によく見られます。古来、意地と見得で敢行した作戦に成功した例はありません。

 

 これだけの政策の失敗を重ねて来て、反省もせず、また同じ轍を踏む行政と政治家の責任は重いと言わざるを得ません。

どうか市民の皆様も自分の持つ“清き一票”を情実ではなく、本当に市民の気持ちが解る本物の人物を選んでください。そのための心眼を持って下さい。それにはもっと市政に関心を持って情報を得て下さい。

 

 まちの発展は、悪い因果を断ち切る“儀の心、正しい心”の結束です。『悪因悪果』ではなく、『善因善果』のまちを一緒に創りましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2015/02/16 09:07 国家・地域の栄枯盛衰は国民一人一人の意識で決まる

建国記念日(紀元節)が終わりましたが、この日を国民のどれだけが意識を持っているか私は知りたくなりました。

 昨年末の衆議院選挙の投票率の低さ、国のかじ取りを任せる政治家を決める大事な選挙なのに国民の半数以上がそれを放棄しているという事実に愕然となりました。

 

 世界でもトップに入るくらいの崇高な理想・精神力・団結力を持ち、有史以来、行く度かの国難を乗り越えてきた日本国民ですが、大東亜戦争に敗戦したこの70年間の教育の成果がこの国を著しく衰退させる結果となってしまいました。即ち教育現場での左翼教育の結果、学校でのいじめや自殺、家庭での虐待や殺傷事件、地域の伝統行事の衰退、人口減少、それが国家規模になると国力の低下になり、国家の衰退に繋がってきます。無知な知識人・マスコミはこれらをすべて「政治(特に保守系)が悪い」と結論付け、国民を惰弱・怠惰の方向へ持っていこうと必死になっています。

 国民一人一人の意識を持つか持たないかによってその国の栄枯盛衰が決まってしまうのです。家庭・地域・学校が一体となって子供達を明るい未来に導くための楽しい教育・気高い精神・人格を作る事を行わないと益々この国はダメな方向に向かってしまいます。

 国を正しい方向へ導こうとする政治の姿勢、政治家の姿勢を先ず自らが正すべきではないでしょうか。国会を見ていると、万年野党に甘んじ、下らない揚げ足取りしかできないで与党を攻撃する姿はハッキリいって情けないです。野党の指導者は何かを勘違いしているとしか言いようがありません。

 また国民も「自分は(政治とは)関係ない」と思っているようですが、今の日本の情勢を生み出していると言う事実を反省しなければなりません。国民が意識をしっかりと持ち、勉学に励む事がこの国を立て直す最善の手段です。「学問に終わりなし」とはよく言ったもので、人は一生勉強していくものです。

 

 仏陀(釈迦になること)の資格を得るために次の六つの修行(六波羅蜜【ろくはらみつ】)をせよといわれています。自己を戒め他人のためにする【布施・持戒】、自らを律するための【忍辱・精進】、それらをさらに高みにするための【禅定・智慧】があるといわれています。はるか太古の飛鳥時代に聖徳太子が乱れる国を救うために仏法を厚く保護し、法隆寺に見られる仏閣を建てて国にあまねく仏の教えを広めようとした努力をみれば、国民が仏の教えを守れば幸福になり、国が発展するというまさにそのものを具体化しようとした表れではないでしょうか?

 

 政治が悪い社会を創るのではなく、そこに住む人の人格が社会を良い方向悪い方向へと決めるのです。

 良い町、良い国を作るために皆さんで勉強しましょう。