えいじま義雄の蓮風便り

「蓮」の花と薫りのように清く「義」一筋に政治の道を貫きます

2013-06-26 13:41:06.0 いつまで続く税金垂れ流し、直江津~小木航路

 「直江津~小木航路は大きな赤字営業なので、関係する上越市も相応の負担をして欲しい」と県から赤字補填案が提示されました。
 
 それのよりますと、北陸新幹線の開業により直江津~小木航路の利用客増加が見込まれる。そのためには現在の1.5往復を完全2往復体制したい。それには中型高速フェリーが必要となり、その建造費が60億円掛かる。その分担内訳は
佐渡汽船 36億円(60%)
新潟県  12億円(20%)
佐渡市  8億4千万円(14%)
上越市  3億6千万円(6%)
であり、全体の40%を関係自治体の税金で補填して欲しいと言うことです。
直江津~小木航路は、「海上国道」に指定され、その公共性から今まで上越市は県からの要請も有り、赤字の補填をしてまいりました。
 
 「道の駅」「温泉付きホテル」経営などの半官半民の第三セクター施設のほとんどは赤字営業で、税金を注ぎ込み何とか経営を継続しているのが現状です。
 そのまた大半の施設において経営のトップは、天下った行政マンや銀行や企業からの執行マネージャー的な人達であり、全ての私財を担保に入れて命がけで経営の舵取りをする民間企業の経営とは体質的に大きく違うものです。
 「公共性があるから赤字を出しても、税金で助けてもらう」という安易な体制が最大の問題点なのです。

 昨今の『JAL日本航空』の再建に際して。京セラ会長の稲盛和夫氏が乗り込み、自分は無給で先頭に立ち、甘えの企業体質を変え、現在は黒字営業に変えV字回復を果たしています。
 要は経営のセンス、中身、アイディア、が問題なのです。残念ながら現在の運航には経営の努力不足、サービス不足を感じるのです。
 「赤字補填を安直に税金投入」という甘い妄想をどこかで断ち切らないと、自治体自体の経営が成り立たなくなり、本当に助けるべき人や地域が犠牲になる悲劇が表れてくるのです。 また佐渡観光そのものを見直すことも重要です。新潟県も観光行政を真剣に取り組んでいる他の県やまちと比較すると、格段の差を感じます。もっと新潟県の良さを売り込む企画、宣伝の人材を集め、育てることが必要です。

 現在、佐渡観光客が上越市に経済効果をもたらしているようには見えません。直江津のまちの商店街にそのようなお客様の姿は見えません。それなのに上越市が3億6千万円もの税金を支出することを決定すれば、市民はどう思うのでしょうか。

 

2013-06-05 13:20:07.0 しっかりしろ上越市!あまりにお粗末なお役所仕事。

 
 最近の上越市で新聞テレビで報道されるような不祥事が続いています。“上越センター病院の人件費に関する消費税過払い問題”。今年度に入って“介護保険料延滞金長期未徴収問題”等、いずれも行政側の認識不足と怠慢に依る不祥事です。

 私が見るに、往々に市役所の職員は仕事に対する勉強と集中力が不足しているように感じます。だから緊張感を欠き、このような初歩的ミスを招くのです。民間企業では考えられません。
 民間企業では、トップが経営判断を誤ったり、私利私欲に走り社員をないがしろにすればその企業は確実に倒産へと堕ちて行きます。社員も常に結果を求められます。「文句があるならやって結果を出してみろ」と云うのが民間企業の生き様なのです。そして企業は存続して行くことが課せられた使命なのです。

 上越市内の企業で大半を占める中小零細企業から見れば、市職員は好不況に係らず、仕事の質量に係らず、毎月の給与、定期的賞与の支給、退職金の支給が保証されている訳です。その恵まれ過ぎる環境が日々の緊張感を欠き、本気で何が何でもやり抜くといった向上心を無くしているものと推察します。
 若き日「市民のために」と青雲の志を持って市役所に就職したものの、硬直した職場環境の中で下の者が気が付いても「誰まで責任が及ぶのか」と自己保身の上役が押し止めるといった悪い職場環境が今回の不祥事を引き起こした最大の要因と思います。

 現在、上越市には多額の税金を導入した建物や事業。また税金で揃えた物品や土地などが充分活用されていない状況が多々あります。議会の度に私は、幾度も幾度もそのことを厳しく批判、注意、提言して来ましたが、全く“ヌカに釘”のお粗末な答弁しか返って来ませんでした。
 優秀な職員が大半なのですが中には「前例が無いからやらない」「反対者の説得が難しいからやらない」「失敗したら自分に責任がくるからやらない」「予算が無いからやらない」等々役人とは仕事をやらないための理由と屁理屈の天才かと感じてなりません。
 
 世界のホンダの創業者『本田宗一郎』は、“おかげさまで大過なく過ごすことが出来ました”という退任の挨拶を一番嫌ったそうです。要するに「私は何もしなかった」と自分で言ってることではないかと感じ取れるからです。
 「失敗を恐れるな」「人まねするな」「前例が無いならやってみろ」というホンダイズムが脈々と後輩に受け継がれホンダを世界の一流企業に押し上げて行ったのです。

 再来年の春には新幹線が開通します。高速交通のど真ん中に在り、ちょと車で走れば海も山も高原も湖も温泉もある上越市、上越地域です。
 また上越市は永い歴史風俗に彩られ、偉人たちが残した多くの遺産遺跡が数多く有るところでもあります。他地域の人達が「こんなにすべてが揃っている所は全国的にも珍しいですよ」と言われるのですが、しかし活かされていません。
 原因は行政を司る役所の独特の閉鎖社会と旧態依然の制度の中にどっぷりと浸かってしまっている市職員の企画立案能力の欠如にあるのです。そろそろその面従腹背体制に風穴を開ける時期が来ていると思うのは私一人でしょうか。


 実行に時間が掛かり、不祥事が続発するお役所仕事に市民はますます信頼を失っていることを最近とみに感じます。市民に申し訳ないの一言です。


上越市で介護保険延滞金未徴収の不祥事
http://www.joetsutj.com/archives/52033336.html

2013-05-14 09:14:09.0 イメージが浮かばないまち“上越市”

 先日、所用で新潟へ出かけました。途中休憩のため、黒崎サービスエリアでお茶を飲んでいると、鹿児島市から来たという一行に道を尋ねられしばらく談笑しました。
 私たちは鹿児島市と云うと薩摩島津藩、桜島開聞岳、西郷隆盛、大久保利通と、直ぐイメージ出来ます。しかし、私が“上越市”と言っても相手さんはその位置、歴史を全くイメージ出来ないようでした。そこで方向を変えて上杉謙信の生誕の地、春日山城、高田藩と口にすると、即理解して頂きました。「高田城址の4000本の夜桜は日本一です。今度是非高田にお出かけ下さい」と言って旅の無事を祈って別れました。
 高田市と直江津市が合併して42年の月日が経ちますが、その時命名された“上越市”という町名は全く認識されていないようです。歴史と伝統に裏付けられた町名がいかに大切であるかを実感したひと時でした。

 私たちの住むまち“高田”は永い歴史と伝統に彩られたまちです。
 
 上杉謙信の時代、春日山城下は人口6万人とも云われ、京都に次ぐ城下町でした。
 堀氏の時代となり、府中(直江津)に福島城が築かれ、その7年後高田城が築かれ、徳川家康の六男松平忠輝が入城し、高田藩が開府されました。その当時の行政範囲は、越後全域はもとより北信越の一部、陸奥の国(福島県)白河郷七万石まで及びました。
 その後藩主と領地範囲は変遷しますが、明治4年の廃藩置県まで、高田城は、まつりごとの中心として存続したのです。

 明治の時代になり、国が重要拠点として高田に、3000人の兵隊を送り込み、陸軍高田第13師団として昭和20年8月15日まで日本海側の守りを果たして来ました。

 以上のごとく、“高田”、“直江津”という名称は、江戸時代初期から昭和47年までの357年間、この地に生まれた者はもちろん、全国的に人々に親しまれ愛された伝統と由緒ある地名であったのです。

 それ故42年前合併新市名を命名するに当り、もっと時間を掛け、各界各層の市民はもちろん県外にすむこの地にゆかりのある人達の意見を求め、もっと慎重に市名を付けて欲しかったと、今でも私は心底残念に思っています。
 一時のムードに浮かれ深く考えもせず、上州と越後という意味の“上越”と紛らわしい“上越市”と命名した当時の市長、議会、行政、商工会議所、さらに高田直江津合併の提案者の最右翼である青年会議所の方々の責任は実に重いと思うのです。
 何故なら高田も直江津も、その後の市街地の衰退が何よりもそのことを証明しているのではないでしょうか。

 人が集まる公的施設を高田、直江津の中間の郊外に移すのは致し方ないとしても、過っての中心市街地からは、何ら変更無く高い固定資産税と都市計画税を取りながら、いまだ江戸時代そのままの道路幅で、車社会に対応しないまち造りを行っている現状を見ますと、政治の罪と言うしかほかありません。

 浅知恵の一部の集団が権力を握り、歴史や伝統を無視したまち造りを行うと、新幹線が開通して交通の利便性が向上しても、経済の発展もおぼつかない存在感も薄く個性も無いまちになってしまうのではないかと心配します。せめて新幹線新駅の駅名ぐらい歴史と伝統を表示する駅名が考慮されるべきだと思うのです。