えいじま義雄の蓮風便り

「蓮」の花と薫りのように清く「義」一筋に政治の道を貫きます

2014/04/13 16:48 この子供達の将来像を誰が考えているのか?

 

4月は夢と希望がいっぱいの新一年生の誕生の入学式が行われ、先日その式典に出席して来ました。

年々、子供達の数が減り続けている状況が表れているのをしみじみと感じながら、入場する子供達のあどけない可愛い顔を見ると心に一瞬暗い思いが表れました。

 

 

 

人生は振り返れば長いようで短いものです。この子供達が様々な人生を過ごしやがて高齢者になる時、日本の社会は果たして今日のような社会保障が継続されているのだろうか? また日本国がこのままの豊かさと平和と繁栄を継続していけてるのだろうか?

特にアジアの大国・ロシア・アメリカの巨大国により外交的に翻弄され続けている日本政府と国民が、自国の国益のみを考えている大国や近隣諸国から信頼と尊敬を集める国家として、伝統歴史観威厳を100年先どのように持ち続けられているだろうか?という想いが頭の中を駆け巡りました。 

 

 

また戦争や巨大地震・世界規模の疾病・温暖化による自然災害・原発事故など科学技術が進めば進む程、その弊害が現れる今日を今一度見つめ直し将来に対する方向性としっかりとした精神力の強い子供達を育てる決意が入学式の式典ではないかと考えます。 

 

 

刻々と変化し複雑になって行く社会の中で子供達に本当に何を教え、どう対応させ普遍的な正義平和清廉潔白な心を持つ日本人を育て、その将来まで責任のある指導をするのが政府と自治体・市民であり決して子供の将来に対し無責任な事・考えは許されない身近な問題であることを強く感じた先日の入学式でした。 

教育こそ国の土台です。将来を担う子供達の教育は決して教師任せではなく、社会全体で教育について真剣に考え取り組む時が来ています。

 

2014/03/28 16:35 町内会役員の改選期になってきました。皆様はどうお考えですか?

年度末になり、全国津々浦々では町内会の役員改選の時期が来ている事と思います。どこの町内会でも悩みの種は“会長を始めとする役員の候補者が居ない”と言う事ではないでしょうか?町内会役員の不在は地域の大事な結束力を損なう事になってしまいます。私の周囲でも同様に候補者不足を嘆く声が聞かれる今日この頃です。

 

戦後六十七年、自由主義・個人主義がはびこり、何よりも個人が優先される社会風潮の中で育った団塊世代が定年を迎え、そのような人たちに町内役員にとの声がかかるわけですが、高度成長期・競争社会を生きてきた世代としては“今まで仕事一筋でやってきてひと段落したのに、今更町内の人間関係に振り回されたくない。余生は自分や家族と過ごすために費やしたい”という思いからか、町内会の役員にならない人が多いです。

 

この様な風潮になっている背景には戦後の教育によるところが大きいです。学校ではひたすら個人の自由や権利ばかりを追求し、責任と義務、郷土愛、愛国心は平和を脅かすものだから捨て去れと教えられてきて育った人たちが多いのではないでしょうか?

 

その結果、奉仕精神の欠如から町内地域の活力が失われ、たまに口を開けば「うちの町内は活気がない。若い者は無関心だから。」と言うばかりです。貴方達はどうなのかと問いたいです。昨今高田中心部の活気の無さは“若者云々”と言うより上記の教育を受けて育ち、個人主義の世の中を渡ってきた団塊の世代が原因ではないでしょうか?色々なイベントをやっている人たちがいる一方で、「食べ物のイベントでしょ?ウチは商売違いだから関係ないよ。」といって非協力的な態度を取る団塊の世代の人が少なからずいるそうです。

 

私はその人に憤りを感じるよりも、寂しい人だなと同情を禁じ得ません。

かつての日本人が持っていた義理人情に厚い人間味のある社会に戻るのも悪くないのではないかと思うのは私一人だけでしょうか?

2014/03/16 15:33 大震災から3年。復興遅れの原因を考える。

 大震災被災者の80%の人達が抱えている不安と怒り、そしてストレスの最大の原因は、一向に進展を見せない復興の現況です。まったくスピード感がありません。

 

 復興事業の99%はお役所の許認可事業です。すなわちお役所の印鑑の付かれた書類が無ければ現地の被災者は復興のために行動を起こすことが出来ないのです。特に原発事故の近くでは、自分の家や土地にも立ち入ることも出来ません。

あの福島第一発電所を廃炉にするには40年以上の年月がかかるそうです。これから先、住民の皆さんが安心して住めるようになるまでに何十年かかるかまったく判らない状況です。と云うことは現在65歳以上の高齢者にとっては生きている内に帰郷することは絶望的であると言えます。

 

 津波被災者の地域でも、被災者の皆さんは3年の月日が経っても高台への住宅移転もままならず、復興予定はほとんど進んでいない状況です。いまだ狭い仮設住宅に押し込められ、気持ちまで閉塞した中で暮らされています。

 

 何故1095日の日数が経過しているのに復興速度が遅いのか、私にはその原因が解ります。それは万事がお役所仕事だからです。一つの事をやるのに万事上司の許可が無ければ出来ないのです。現場の役人は課長、部長、首長に伺いをたて、その市、町村は県に伺いを立て、県は国に伺いを立てる。その間責任逃れのため学識経験者、業界、市民、役人等で構成する検討委員会を造ったり、パブリックコメントに時間をかける。これでは現地の切実な訴えは益々薄まっていき、責任の所在が拡散してしまい、一体だれが実行責任者なのか判らなくなってしまいます。そして時間だけが過ぎて行きます。

 

 今の日本の役所仕事では絶対的にやることなすこと全てが遅いのです。いくら改革改革と民間人や議員が叫んでも、日本の役所では前例の無いことは、それを実行すれば誰もが喜ぶことが判っていてもやろうとしない。機能を優先せず硬直した組織体系の悪い例です。発想の全てが前例を踏襲するだけで、誰もがやらなかったこと、どこでもやらないことは絶対にやろうとしないのが今のお役所の現況です。

 私も21年間市役所の仕事を見て来て、全ての仕事にスピードを感じることはありませんでした。

 

 戦後、民間企業は汗を出し、知恵を出し、効率化を図り、身を粉にして働いて国際競争に打ち勝って来ました。しかし今の政府や地方行政は、税金の使い方も効率も後進国並みです。それ故に国の借金は、Gセブンの中で最多という始末です。

 

 恵まれすぎているお役所の皆さん、競争相手が無く、何をやっても全てにスロー。このことを皆さん自身どう考えていますか。

 

 被災され、怒りやストレスが高まって来ている人達のことをもっと考えて欲しいですね。