えいじま義雄の蓮風便り

「蓮」の花と薫りのように清く「義」一筋に政治の道を貫きます

2018-06-14 06:55:38.0 ♢ 心の選択ですべてが決まるのも民主主義です ♢

  県民と市民が審判を下しました。新潟県知事と県議補選に花角英世氏と斉京四郎氏の双方、保守政党の支援を得て選ばれました。国政と県政は政党政治ですので国民が戦後73年間の大半は自由民主党内閣でこの国の政治を司って来ました、県政は知事も県議も自由民主党の保守派が与党で県政を仕切って来ました、前知事が初めての革新系の政党の候補で勝ちましたが、1年と数ヶ月で再び国会と同じ状況戻り、新潟県政も正常な形になったと思います。

 

  新潟県は南北に長く面積も広くそして豪雪・地すべりの山間地が多く、大きな川と中小河川が多くあり大雨が降れば洪水の不安も高く、又、海岸線は冬の季節風が強く、海岸線の決壊被害の多発と、地下断層と軟弱地盤土壌のため、地震災害の多発県でもあります。

 

  その為に道路・海岸線・川・橋・トンネル・除雪など災害予防のため、国費の補助が無ければ維持の出来ない金のかかる県ですから、国との正常な関係の知事でなければ県政の安定運営はできません、時々県知事が革新やまったくの無党派色の強い知事を選ぶ県もありますが、大概、以前の長野県のように長続きは致しません、政治は財政を知らないと出来ません、又、経済の事も知らないと住民は苦悩致しますし行政運営も赤字と借金で町も県も沈滞しますし、都市間競争にも勝てません、政治こそ現実、現場責任ですので紙や鉛筆だけや口先の集い言葉だけでの学者や評論家にできる仕事ではありません、テレビのコメンテーターもそうです、有権者も政治や世の中の情報を的確に勉強して政治家を選び、選挙運動にも参加して社会の手助けに貢献する善の心「勇」と「義」で行動する皆んなであれば、力強い地域になると思います。消極的、引き込み思案の多い所は取り残され消えていきます、どちらを選択しますか! それは市民の心しだいです。                                                   では又、

  

2018-06-10 20:19:20.0 大事な事やらずして良い事は起きないです

 世の中の動きには、必ず兆候が微力ながら現れ始めます。人間の健康も、なぜ早期に精密検査が必要かと言えば、身体の中に当人でも分からない細胞や血管の異常を見つけてくれるからです。世の中が少しずつ健康でない異常な状況が表れ始めている時、人間ならばドックや入院手術、リハビリもありますが、社会全体にはありません。

 悲しくて寂しい事ですが、子供への大人による変質的な怪奇な殺人事件や、無抵抗な力の無い幼児へのまるで地獄絵図のような折檻、虐待事件が連日報道されています。また、学校での陰湿ないじめによる一番弱い子の自殺。そしてその原因の調査を内部で必死に対面と責任追及を恐れ、ひた隠しに走る学校と教育委員会の幹部。これらの一連の事件や行為は、小さな事の様ですが、その病巣は日本の一流企業の体質や、政府の中核の中にまで、同じく陰湿で汚い病原菌の様にはびこっているのです。

 この様に病原菌に侵されているのに、手術や薬を処方する名医や賢者、リーダーが日本には居りません。色々と気が付き、批判と評論を書くマスコミや大学教授の偉い先生方がおられますが、この先生と言われる人ほどバカで能無しと言う言葉通り、自分の論だけが正しく、あれが悪いこれが悪いと言うだけで、結論も行動力も無く、高い原稿料や講演料、テレビの出演料を求め、自分が目立ちさえすれば良いと言うだけの知識人に過ぎません。

 世の中の仕組みや制度、特に法律や憲法の改正、そして国家100年先を考えての提言を行うなど、時と場合を考えての手術療法をやれる人物が必要です。それはやはり、大学の先生ではなく、政治家の仕事です。

 日本人の悪い癖として、出る杭を叩くと言うのがありますが、悪いマスコミと共謀してなんでも反対して、それで飯を食べ、自分の存在だけを売り物にしている人もいます。しかし、やはり世論の基である市民、有権者が正しく、高い判断をする事が、世の中の悪い流れを正常に戻す名医であると思います。

 この町、この県、この国の未来を決める政治を勉強する事、関心を持つ事、選挙の投票に行く事が何より大事な事ではないでしょうか。

2018-06-09 06:11:29.0 ♢ 恥をかくことは歴史の残像として永遠に残ります ♢

 永い歴史を持つ我が国の中で最大の改革は、150年前の明治維新だと思います。 色々なドラマや人物の才能豊かな天才的なリーダーは、今日では考えられない人達が豪出していた時代ですが、当時一番活躍していたのは、やはり武士道と言う精神性を持った人達が、世の中を新しい国造りへと情熱を持って行動した時代でした。 それだけに歴史家・小説家には様々な舞台でのドラマがありましたが、私は非常に許されない出来事の記録を読みました、又、武道連盟で草取りをする大貫の会津墓地もゆかりの墓地であります。

 

 会津戦争(戊辰戦争)慶応4921日より115日の降伏の日まで籠城して武士道を貫いた悲劇の藩です、鶴ヶ城は井戸の中から広間や廊下まで自決や砲撃による戦死者の死体の山でした、この戦争での死者は3.014人と記録され、総攻撃のあった1025一日で戦死や非戦闘員である武士の家族の婦女、子供、老人の自決などでの死人の数は1.634人でした、しかし許せないのは死者の方々の葬儀も遺体の埋蔵の許可を許さず、みせしめの為、官軍の占領総指揮官を命令されたのは徳川家親藩、越前福井藩の城主.松平春嶽です、その家臣.久保村文四郎と言う武士ですが、官軍に媚、遺体を数ヶ月放置させ城の中も城下町中が腐乱死体の悪臭で会津若松の町中が地獄絵図のような有様で、その後ようやく埋葬されたそうですが、それにしても福井藩主もその家臣の侍達も外道(げどう)そのものの集団でした。

 

 占領政策が終了し福井に帰還の折、会津領.束根松峠で会津藩内のきっての使い手、高津仲三郎とその仲間を待ち伏せして斬殺しました、江戸や京都で心ある人はこんなざれ歌を残しています、「越前の松平春嶽はあんまの様な名を付けて、上をもうだり下をもうだり」と笑い者にしています。 道徳や情が薄れていた幕末の武士道、今日の高級官僚.一流企業の「恥」の心を失った時代と似ているのです。

 

 過去に学び未来を見極めるのも必要なご時世でないでしょうか・・!  リーダーたる政治家や政党の党主、軽薄な言葉と行動、恥を知れと国民は感じています。        では、