えいじま義雄の蓮風便り

「蓮」の花と薫りのように清く「義」一筋に政治の道を貫きます

2018-11-28 16:25:44.0 ♢ 高田で見る事が出来た本物の芸術 ♢

 久しぶりに本物の芸術作品を観賞し、その絵の前で魂が高まり感動しました。 本物の芸術は恐ろしい程、作者の思い人柄が伝わるもので感無量の個展でした。

会場は本町5丁目の久保田祥子さんが経営しているギャラリー祥さんの開展10年記念としての、木下晋さんの個展でした、絵の具や筆を使わず鉛筆だけで描き上げた人物、顔と手が写真以上にリアルにその人物の人柄が作者の心を通して鋭い迫力で、見ている私の心にそのモデルの人の喜怒哀楽が伝わって来ました。 それは作者の表現能力の高さ.スケッチ力.技術力の高度な技量が生み出ている、質の高い芸術作品だと思います。

 

 白と黒の世界だけなのに、色もにおいもあり、そのモデルの声や空気まで鉛筆で表現して有りましたから、なおさら絵を描くと言う絵の本質を描ける世界を追い求めた木下晋さんは、今は世界の画商や有名美術館が購入展示している作家で、日本でも一流の美術館で個展を開いている作品が良く高田の画廊で個展が開催できた事は、久保田様祥子さんが何年がかりで木下さんと誠心誠意ど口承された結果だと思いますが、本物を市民に見て頂き芸術とはこう言う気構で造り上げて行くものだと多くの市民に訴えが伝わった作品展だったと思います。 ギャラリーの経営など大変だと思いますが、歴史と文化のまちらしく、頑張って又良い作品を見せて下さい。

2018-11-26 16:20:54.0 <釣瓶落としの晩秋に想う事>

 

 この時候に成りますと毎日郵便受けに悲しくも寂しい年賀欠礼、喪中の葉書が届きます。殆どの方は私の選挙を死に物狂いで戦って下さった同志の方です。「戦友」の方々です。都合7回の市議選、国政・県政・市長選・知事選と私の後援会の同志の志は常に一緒でした。ぶれないのが不思議なくらいの政治集団です。

 

 利害、損得を求める人は自然に去って行き、清潔感溢れる真っすぐで曲がった事が嫌いな堅物の方ばかりで戦ってきました。それ故にお金やモノよりかけがえのない人の喪中の葉書は胸が張り裂ける辛い知らせです。私の本当の財産、それは「信頼しきった人」と言う財産です。人の縁が消えてしまう程寂しいものはありません。木枯らしと釣瓶落としの早い暗い夜に一年を振り返り、鬼籍に帰って行った方々の在りし日を偲ぶにつれ、それぞれの方がこの上越市に夢や希望、又この国への高い理想、様々な考えを実現すべく政治の責任でやらなければならないとお互いに語り合いました。その情熱は私は今でも初心通り沸いてきます。

 

 世の中の不自然な不条理と対決するのも政治です。民主主義は数の力です。高齢化の中、同志が少なくなっていく中、一人でも私の考えに近いぶれない仲間を増やしたいと思っています。耳触りの良い評論や言葉だけ、又顔を出すだけの人や名前だけの人は組織を弱くするだけです。そんな集団では無く、行動力のある人を求めています。行動力の無い組織はガソリンの入っていない自動車と一緒と思うのですが如何でしょうか?行動と勉強を一緒にやりませんか!

 

2018-11-23 21:12:59.0 この寂しい時代の流れ、このままでいいのかなぁ~

 平成の時代も残り少なくなりました。思い返せば昭和30年代、戦後の復興に向け、この上越地方も随分活気があり、映画館など土日は立見席もギッシリ。まだ家庭にテレビが無い時代ですから、大衆娯楽のトップを走り、名画、名優、名監督がキラ星の様にいました。そんな映画館も全国的に少なくなり、映画と言う文化も希少な価値であると思っております。高田に只一軒、本町六丁目に高田世界館があります。日本随一のバルコニーのあるレトロな映画館です。市民の皆様で応援して、このまちの古い文化を守りましょう。

 また消えてしまった娯楽の一つにお祭りでの奉納相撲大会があります。神様に疫病退治や五穀豊穣を祈り、神社の境内の土俵で盛大に行われ、企業の相撲部や青年会など、日本の男なら誰でも相撲が取れた時代でした。まだごく僅かに残っておりますが、この灯も消えないように今必死です。

 新しく生まれてくるものがあれば、消えて行くものがあるのは承知しておりますが、高田の街からデパート、いづもや、長崎屋、大和が消え、直江津からも近くイトーヨーカ堂が撤退するというニュースを見ると、どんどん寂しく旧市街地が衰退の道を歩んでいる様な気がしてなりません。まちの中から元気が消える、楽しみが消えると言うのは、市民の顔から笑顔が消えるのと同じです。

 まだ私が20代の頃、全国的にトリスバーやニッカバーが流行り、カクテルとアメリカの音楽、ジュークボックスからプレスリーやポールアンカが流れ、人々は一時のバーでの語らいが、コミュニケーションの場であり、娯楽の場でした。しかし、仲町や直江津の夜の街からネオンの灯は消えています。今の若人は酒も飲まず、人と逢って語り合う事が苦痛だと言う事で、ただスマートフォンやパソコンと向き合い、それで物を買ったり、色々な情報を楽しんでいるようです。どんどん時代は流れていますが、年寄りにとってそんな現代社会は決して情緒があって楽しいとは思えません。

 街の中が暗くなる。そこを食い止めるのは行政だけでは出来ません。この町に住む住民の協力なくして出来ません。運命共同体なのです。