えいじま義雄の蓮風便り

「蓮」の花と薫りのように清く「義」一筋に政治の道を貫きます

2018-05-23 06:17:32.0 あの事件で感じた事、思った事

 新潟市で起きた悲しい女児殺害死体遺棄事件の犯人逮捕のニュースが報道され、新潟県民は「嗚呼良かった」と胸を撫で下ろすと共に、たったこの世に7年しか生きられなかった大桃珠生ちゃんのご冥福を祈られた方々が大勢おられたと思います。私も孫に同じ7歳の女の子が居ますので、大桃家のご親族の深い悲しみを他人事でなく、胸の痛みを感じていた数日間でした。特にお母様お父様の辛さは筆舌で表せないものがあったと察します。

 私は神様と言う崇高な力、創造者であり、霊力者である者の存在を信じる一人でありますが、この罪一つ犯していない聖児、珠生ちゃんの命が奪われた悲劇的な出来事に、神様も悪魔に変身するのかと、気持ちが落ち込んでいました。この人殺しの犯人(悪魔の化身)の男が警察の必死の努力で逮捕され、周辺の住民も少しは安堵されておられると思います。

 残念ながら世の中が変わって行くにしたがい、人の情けや暖かみが薄れていく今日、変質的な欲求不満の増大社会となり、かつての異常な考えや行動が、現在は普通、当り前の社会となっています。毎日の生活環境が、非常に危険と表裏一体の社会は、健全な社会ではありません。人間がお互いに信じあえる社会、地域、家族の関係構築が現代社会の急務ではないでしょうか。

 敵にも塩を送った武将の「第一義」の心情の発祥地、新潟県人の情けの深い、心の温かさ、この心こそ越後人の本当の財産です。渇き切った社会に潤いと情けを取り戻し、ぎすぎすした欲望だけの社会から今一度、かつての日本人の心の豊かさを取り戻す、そんな新保守の時代を築きたいと思っています。人間教育の時代です。

2018-05-20 17:57:22.0 〈 藤の花と教育の発祥の地との縁 〉

 

 近年、市内の個人の庭を見せる所謂オープンガーデンの記事を地元タイムス紙の記事の中で見た中で、藤の花を咲かせているある個人宅の地名と氏名に強く惹かれるものがありました。横曽根の大瀧邸と書いてありました。私が以前より一度時間があれば横曽根で旧家であった大瀧米峰翁の御子孫か米峰翁の話を知っている方がおられたらお話を伺いたいと心の中で思っておりましたので友人の車で探して行ってきました。新聞掲載の写真の通り藤の花は満開の見ごろでその香りの良さに本当に驚きました。タイミング良く御主人の大瀧さんが庭におられましたのでお話をさせていただきました。

 

 江戸末期の戊辰戦争で官軍に敗れた会津武士1745人を高田藩榊原家が、朝敵の汚名を着せられ屈辱を浴びせられながらも誇り高い武士の中の武士、会津武士が預かり人として寺町の60もの寺に収容された事が記録に残されています。その武士団の中に全国にその名を知らしめていた南摩綱紀(なんま つなのり)と言う立派で見識の高さでは当代一の武士がおられると言う噂が広がり、当時の高田藩内のインテリの人達は話を聴きたいとの機運が大きくなり、幽閉のさなかではあるが高田藩主もその優れた知見を認め講義を許しました。その中に特に南摩綱紀の「教育立国論」に心を打たれた一人が横曽根の大瀧米峰翁で南摩綱紀の力を借り、学校制度を採り入れる先駆けとして塾では無く「正心学舎」という学校を上越で最初に立ち上げた場所が横曽根の大瀧邸でしたのでどうしても一度この目で確かめて見たかったのです。

 

 維新から150年、上越の先達は今よりずっと貧しくても未来の日本の為に子供達への教育の大事さを考えていました。板倉の増村度弘の有恒学舎もそうですが会津の武士の方も高田に残り林義亮先生も弟子で今の板倉区稲増出身の中村十作(なかむら じゅうさく)に強い信念をお教えになり沖縄宮古島の人頭税廃止を勝ち取った神に近い人と周囲から崇められたのも越後頚城地方の教育が早くから進んでいたと言う証明です。しかし当の中村は生前には実家に人頭税に対する活動の一切を語っておらず、実家も中村の死後の昭和38年になって宮古島の砂川中学校の校長よりの手紙を受け取ってからようやく彼の活動がわかったそうです。いかにも越後人らしいですね。

 

 

2018-05-18 07:40:10.0 ♢ 重要な選挙が6月行われますが、そのために何が・・! ♢

 政治的表現の自由、政治活動の自由の中で県知事選挙と、上越市では県議会議員の補欠選挙が行われます。 皆様もご承知とは思いますが県知事選挙は524日告示、県議会議員補選は61日告示となります、どちらの選挙の投票日も610日と決まりましたが、米山前知事の急な辞職で出馬する候補者も又、支援する母体の政党や団体.組合の選挙の関係者も突然で用意や準備も、ろくに出来ない状況だと思います。 選挙の主役、有権者自身の方々もあまり情報が伝わってこなく、知名度の低い候補者をどう選んで良いのか大変迷う選挙であると思います。 

 

 私も永い間、選挙に関わって来ましたが世の中を良くするも悪くするのもすべて政治です。 政治を司るのはすべて有権者の皆様が選挙で選んだ政治家です、国や県は政党政治ですので人柄や候補者個人の政策よりも政党色が強く、選ぶ基準の重要な要素でも有りすが選ぶ市民は50%前後が無党派層の人が多く、その為に有権者の心を引く言葉やPRのスローガンが勝負の決め手になります。 その為に最近有権者の心を引く為なのか真実や実証もされていない事を訴え、国民に不安感を持たせるような文言のポスターを見かけます。  

 

 非常に戸惑いを感じ有権者から見れば政治そのものに嫌気を感じ、いつも批判と対決的なギスギスとした様な政治の世界では選挙に行く気を起こさなく、関心も何もない環境を作り出している様な気もします。

 

 与党とか野党の争いではなく、時代や方向を変える新しい先の事を提示し、国民に夢ある希望の持てる政策を訴えるその為の選挙を有権者は求めているのではないかと思いますが、如何でしょうか・・!                                                                                                それでは又、